ナチュールとは -本当の定義や特徴、正しい知識を醸造家が解説!

最近の日本ワイン業界の傾向として、「ナチュール」(=ナチュラルワイン自然派ワイン)というジャンルのムーブメントが大きくなってきたと感じます。日本ワインが語られる機会すら少なかった昔と比べ、こうしたブームがあることはワインの楽しみ方をさらに広げてくれていると感じています。

一方で、最近の日本では「ナチュール」という言葉の背景に一部間違ったワインへの考え方が潜んでいるのではないかと感じています。

今回は正しくワインを楽しむために、「ナチュールとは何か」の定義を考えた上で、ワインによくある誤解を醸造家が解いていきたいと思います

目次

ナチュールの定義

みなさん、「ナチュールとは何か」と聞かれてどう答えますか?

そもそも日本で言う「ナチュール」という言葉はフランス「Vin Nature(ヴァン・ナチュール)」に由来しており、世界的にも曖昧な表現をされることが多いですが、フランスでは以下のような定義なされています。

ヴァン・ナチュールの定義(フランス)

栽培についてはオーガニックの認証を得ているか、転換中のブドウを手摘みし、何も添加せず野生酵母で発酵させる必要がある。クロスフローろ過(※)や、瞬間的に高温殺菌して冷却するフラッシュ・パストライゼーション、果汁を加熱して発酵し色調やタンニンを抽出するサーモヴィニフィケーション、逆浸透膜などの手法は禁止となっている。

亜硫酸については、発酵前も発酵中も添加は禁止となっているが、瓶詰め後の分析値でリットルあたり30mg以下のワインは許容される。瓶詰め後に分析して違反すると制裁を受ける。

※精度の高い濾過方法。

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難しく聞こえますが、主な内容を要約すると

フランスにおけるヴァン・ナチュールとは

オーガニック認証を受けている畑のブドウのみを使用する
・ブドウは機械収穫でなく手摘みで行う
・培養酵母の添加はせず、野生酵母で自然に発酵させる

過度な醸造方法の使用禁止
・発酵前/発酵中の亜硫酸塩の添加禁止

ということになります。

このように、フランスではヴァン・ナチュールについて栽培から醸造方法に至るまで細かい規定がなされ、造り手としてもその条件は厳しいという印象があります。ただ、本来ナチュールの造り手は、ナチュールを造るために規則を守っている訳ではなく「極力自然に近い形で栽培・醸造したい」という考えを結果的にやり方として反映させているだけです。こうした定義は言葉が乱用されないよう、定められていると考えてよいでしょう。

一方日本では、「ナチュール」は「ビオワイン」「オーガニックワイン」などの言葉と混同されることが多いですが、「ナチュール」という言葉自体にはワインを造る固有の製法やルールはなく、曖昧な使われ方が多いです

唯一「オーガニックワイン」は日本の農林水産省がガイドラインを設け、その規定に遵守した製品のみを「オーガニック」と名乗ることができるようになっています。

ちなみにオーガニックワインの場合、日本では有機JAS認定とも言いますが、一部の農薬の使用が認められていたり亜硫酸塩の添加も規定内であれば認められていたりと、フランスのナチュールよりも緩やかな条件となっています。

ナチュールとは
亜硫酸について記載しているがあくまでこれは一つの「規定」に過ぎず、その言葉が生まれた「経緯」や背景にある
ワイン造りの「考え」を知ることの方がそれぞれ理解しやすい。

日本ワインにおけるナチュールとは

今の日本で「ナチュールとは何か」を聞くと、人それぞれの答えが返ってくると思います。例えば農薬の種類や有無、許容量が違っていたり、亜硫酸塩の有無、許容量やタイミングの違いがあったりと、ルールがない分個人の感覚で「ナチュール」という言葉が存在しているように思います

日本ワインの現状では、ナチュールは厳密なルールの下で定義されているではなく、消費者が受け取った情報やイメージによって使われていると言っても過言ではないと思います。

ナチュールは頭が痛くならない?亜硫酸塩は有害か。

時々「ナチュールは頭が痛くならない」という言葉を聞きます。

そもそもこのように言われる背景として、酸化防止剤の一種である「亜硫酸塩」の間違った見方が大きいと感じています。

亜硫酸は確かに大量に摂取すると人体に害を及ぼす可能性があります。しかしワイン造りの工程において使用される亜硫酸というのは、人体にとって悪い微生物が働くのを抑えるために時として必要なものです。単にワインの寿命を伸ばしたり酸化を抑えたりするためだけのものではありません

また、ワインに含まれる亜硫酸の量はかんぴょうやレトルト食品など他の食品よりも低濃度です。普段そのような食品を口にして頭痛がするのであれば、ワインに含まれる微量な亜硫酸にも反応している可能性がありますが、そうでなければ飲みすぎやアルコールに対する体質などの別の理由も考えられます。

もちろん亜硫酸は少ないに越したことはないですが、醸造酒であるワイン造りにおいて亜硫酸は、細菌汚染からワインを守る役割もあるということを理解することが重要です

ちなみに亜硫酸は醸造過程で加えなくとも、酵母がアルコール発酵する過程で自然に10mg / L前後は生成されます。10mg / Lの亜硫酸が含まれる場合は法律上、ラベルに亜硫酸の表記をしなければなりません。

ナチュールは濁っているのか?

ナチュールや自然派と言われるワインは濁っているというイメージがあるのではないでしょうか。最近では敢えて濁っていることを押し出す「にごりワイン」という言葉も存在するくらいです。

濾過の目的

そもそもワインをなぜ濾過するのか?その目的を一部ですがお伝えしたいと思います。

ワインの安定化

まず、濾過をしないと瓶詰後のワインに酵母や乳酸菌が残留することになり、万が一瓶内で再発酵が起こるとガスが発生したり、品質が変わったりする可能性があります。せっかく造ったワインが瓶詰め後に変化してしまうと、醸造家は為す術なく意図しないものを消費者の方々にお届けすることになるので、濾過をすることでその可能性を減らすことができます。

欠陥になり得る要素の除去

また、濾過は欠陥臭の原因となる微生物などを除去する目的でも使われます。例えばブレタノマイセスという酵母の一種があります。程度によってはブレタノマイセスが発する香りが他の要素と合わさり複雑みのあるワインになりますが、完全に汚染されると欠陥臭になります。よく馬小屋に例えられる、明らかに健全ではない香りです。このような酵母を自然沈降だけで取り除くことはできないため、濾過が有効な手段となります。

しかし、逆に濾過をしないことで得られるブドウの旨味成分もあるので、醸造家は表現したいワインの特徴とリスクを考えながら、濾過をする/しないや、濾過するのであればその手法を決めています。その手法もさまざまなので、濾過をする場合でもなるべく良い成分は取り除かれないよう、醸造家は手法を使い分けています。

これもどちらが良い悪いということはなく、造り手が目指すワインのスタイルによって違うというだけです。また、濾過をしていなくても清澄度が高いワインもあれば、ナチュールの造りでなくとも濁っているワインもあります。

要は見た目だけでそのワインの背景まで知るのは難しく、「ナチュールは濁っている」「濁っていればナチュール」ということはありません。

ただ、日本でナチュール寄りのワインの場合は、濾過をしていない造り手が多い気がします。

ナチュールの特徴

醸造家目線で、ナチュールの特徴を少しご説明したいと思います。

あくまで造り手としての主観が入った意見なので、ご参考までにしていただければと思います。分かりやすく説明できるように、ここではナチュール以外のワインを「クラシック」と表現したいと思います。

ナチュール/クラシック 造り手の考え方

ワインはブドウありき」というのは、ナチュールもクラシックも共通の考えです。よって、醸造家はナチュール/クラシック関係なく、ワイン醸造だけでなくブドウの栽培まで勉強し関わるというのが一般的です。

そのブドウを使ってワインを造るのに、クラシックの場合はそこに育つブドウのポテンシャルを最大限発揮したワインがどのようなものかをイメージし、それを実現するために醸造技術を用いながら調整していきます。

一方ナチュールの場合は、そこに育つブドウから自分が表現したいワインを造るため、ブドウを逆算型で育て、醸造中の調整は最小限に留めるといったイメージです。

※あくまで私自身の主観の意見です。

ブドウの特徴テロワールも表現したいというのは両者ともに共通ですが、方法が違うというのがおもしろいポイントです。クラシックが「ブドウ栽培」をないがしろにしている訳でも、ナチュールが「醸造」をないがしろにしている訳でもありません。どんな醸造家も栽培・醸造全ての知識が必要であり、その手法をどう用いていくかの判断の違いがスタイルになっていくのだと思います。

ナチュールのおもしろさ

ナチュールがここまで発展してきた一つの理由には、自然により近い方法をとることで現代の考えに合った「サステナブル」「エシカル」の流れを組んでいるからということは言えると思います。

しかしもう一つの理由として、その「気軽さ」がここまでブームを巻き起こした背景にあるのではないかと思います。「品種がこうだから~」「ヴィンテージがこうだから~」「造り方がこうだから~」といった難しいことを気にせず、ワインそのものを純粋に味わい、想像をすることができます。

もちろん今までのクラシックワインが造り手の意図としてそうでなかった訳ではないのですが、ワインを飲む文化がない日本ではどうしてもイメージが先行して「難しそう」という印象があったのだと思います。

そうした意味でナチュールはワインへの入り口を広げてくれていると思っています。

ただ、私自身醸造家としては入口は何であれ、もっと多くの人が言葉の定義にこだわらず色んなワインを飲むことで自分なりの「好き」や「美味しい」を見つけていってくれたら良いなと思います。

取り扱いのポイント

ナチュールを購入した際に、気をつけるべきポイントをお伝えします。

温度管理

ナチュールに限らず、ワインは13~15度での保管が最適と言われています。厳密な管理は難しいかもしれませんがナチュールの場合は特に、常温以上にならないよう保管が必要です。なぜなら、無濾過または軽いフィルターを通したのみで瓶内に酵母が残っている場合、再発酵して品質が劣化する可能性があるからです。

グラスに丁寧にそそぐ

瓶の中には澱や不純物が入っている場合があります。理想は飲む1週間前くらいにボトルを立てて澱を底に集めてから、グラスに入らないようにゆっくりと注ぎましょう。

ナチュールではないワインはなに?【日本の場合】

時々、ナチュール以外のワインは「アンナチュラル」「科学的」といった少しマイナスなイメージを抱く方がいます。

世界的に見ると、確かにそういったワインも存在していることは確かです。

しかし、日本ワインの場合はそういったワイン造りをしている例というのはなく、比較的リーズナブルなところであっても海外の低下価格帯のワインとは違うということをここでお伝えしておきたいと思います。

特に北海道の冷涼な地域では、その気候的特性から減農、または農薬ゼロでも病気から守られている畑も多いです。もちろんそれは生産者の努力の上に成り立っていることが前提です。また、ほとんどのワイナリーが機械収穫でなく手摘みで丁寧にブドウを収穫しています。

手摘み収穫
選りすぐりのブドウのみをワインに使う

本来であれば日本でも明確な定義のもと、「ナチュール」や「ビオワイン」が使わた方が生産者にとっても消費者にとっても望ましいのかもしれません。ただ、その定義によって飲む飲まないを決めるより、今の日本で重要なことは「本当にそのワインがワインとして美味しいかどうか」「好きかどうか」を消費者が感じることではないでしょうか。また、醸造家にとって製法はあくまで手段であり、その背景には「どんなワインを造りたいか」「何を表現したいか」という目的意志が常にあるということをお伝えしておきたいと思います。

日本でナチュールが過熱気味な今だからお伝えしますが、ナチュールのみがテロワールを表現できる訳でも、やさしい味わい故に日本食に合う訳でもありません。イメージのみに惑わされず、色んなワインを飲んでみていただければと思います。

まとめ:ワインの世界は広がっている

これまでの内容をまとめます。

  • フランスでは『Vin Nature(ヴァン・ナチュール)』に明確な定義あり
  • 日本では『ナチュール』に対する明確な定義はない
  • 日本では『オーガニックワイン』にのみルール(有機JAS認定)があるが、一部の農薬の使用や規定内の亜硫酸塩の添加は認められている
  • 亜硫酸塩は酸化を防ぐだけでなく、ワインを悪い細菌から守る役割がある
  • 亜硫酸の醸造の過程でも自然に発生する
  • 必ずしも「濁っているからナチュール」「ナチュールは濁っている」ということはない
  • 日本ではその気候的条件によって、減農または農薬ゼロを実現している所もある

ナチュールやオーガニックは確かに体にも環境にとっても良いと言えます。ただ、敢えてナチュールや自然派を謡わない生産者も、今は持続可能なワイン造りを意識して過剰な農薬や酸化防止剤を使用しない造り手がほとんどです。

「ナチュールは体に良いから」「ナチュールは環境にやさしいから」といった理由のみで「ナチュール」「ナチュラルワイン 」「自然派」「ビオ」などを謡うワインを選ぶと、逆に選択肢を狭めてしまう可能性があります。

ただ、強い信念と努力で限りなく自然な形に近いワイン造りをし、その醸造家にしか生み出せない美味しいワイン造りをしているワイナリーが世界にも日本にもあります。それは他のワインを否定するものでも対抗しているものではなく、一つのスタイルとしてワインの世界を広げてくれているのだと思います。

一方で、届ける側も間違ったイメージや知識を消費者の方々に与えないよう、造るだけでなく届けるまでが責任と考えなければならないと思います。

それだけワインの世界は一筋縄ではいかない飲み物であり、「だからこそおもしろい!」と思っていただけるよう、私自身も醸造家として精進していきたいと思っています。

麿直之

WineGrower 麿直之(マロナオユキ)

2014年 外資系製薬会社のMRを辞めワイン醸造家としての道へ
北海道にあるワイナリーの立ち上げから携わり醸造責任者を務めながら冬の間は南半球で修行を積む。
世界最大のコンクール’DECANTER WORLD WINE AWARD2020’にて自身が醸造した赤ワインで金賞受賞。
2021年にはアメリカの権威あるプログラム’UC Davis Winemaking Certificate Program’を修了する。
2023年に醸造設備をシェアできるHokkaido SPACE Wineryを長沼町に立ち上げ、自身のブランド【MARO Wines】を手掛ける。

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