醸造家と考える「日本ワインは高い?」➁ 醸造設備はいくら?-設備・まとめ編-

前回は日本ワインの直接材料費についてお話をしました。原価を紐解くとその背景にあるブドウ生産現場の構造が見えてきたことがお分かりいただけたかと思います。前回までで材料費900円と計算しています。前回の「日本ワインは高い?➀ -直接材料費編-」 をお読みでない方は先にそちらをご覧ください。

今回はワイナリーにとっても悩ましい設備についてお話をし、「日本ワインは高い?」の問いについて醸造家としての視点でまとめたいと思います

「日本ワインは高い?」【設備・まとめ編】です。

目次

日本ワインの原価② 

莫大な設備費用

ワインを醸造するのに一般的にどんな機器が必要でしょうか。圧搾機、ポンプ、醸造用タンク、熟成用タンク、瓶詰め機、リフト…数えればきりがありません。ただ、これも造るワインのスタイルによって必要な機器の違いがあり、新品か中古でも大きく価格が変わります。私が知っている例では醸造に必要な全てを600万円ほどで揃えたという方もいます。しかし、最低ラインで考えても1,000万円くらいかかってしまうのが現実的と言えるでしょう。年間の減価償却費は100万円かかる計算になります。

また、ワインは温度管理が命です。大きい機器が入り空調設備が整った建物を建てるのにおおよそ3,000万円と見積もったとします。これも土地や建物の規模にもよって大きく変わりますが、1万本生産するためのおおよその最低ラインと考えていただければと思います。少なくとも年間の減価償却費が150万円になります。
ワイン1本あたり250円の原価がかかる計算です。

結局、日本ワインの原価はいくらになる?

ここまで出してきた製造原価の合計が1,150円です。

その他、例えば醸造家の年間の給料を300万円だとしてさらに人件費が1本当たり+300円。(ちょっと悲しい・・・。 (笑))
細かい製造間接費もありますし、販管費も必要です。

ざっと見積もった原価だけでこの金額です。どう思いますか?

もちろんこれはあくまでほんの一例であり、実際にはもっとお金がかかる費用もあれば抑えられる費用もあるでしょう。また、生産できる本数によっても一本あたりに占める原価の割合は異なってきます。ワインが売れるという条件の元で考えるのであれば、生産本数を増やせば増やすほどワインの価格を抑えられるというロジックです。しかし、今日本のワイン業界は利益を生み出すためにワイナリーが増えているのではなく、純粋にワイン造りがおもしろいから生産者が増えているのです。そうした情熱をもって個人で参入してくる人たちは年間1万本を安定的に造るのも高いハードルだと言えます。よって実際にはこれ以上のコストがかかり、故に日本ワインが現在の価格になっていると考えていただければと思います。

日本ワインの製造原価 一例
製造原価の直接費のみで1,450円

日本ワインの適正価格とは?

今売られている日本ワインが適正価格ではないということではありません。なぜなら今までご説明した通り原価の内訳を見ていただければ、決して誰かが得をして利益を得ているという話ではないからです。

ただ、このままで良いという訳でもないと思います。
もっと多くの人に日本ワインを楽しんでもらえるようにするためには、「安く」するというより「リーズナブル」にする必要があるからです。

特に設備においてできることがあると考えています。

シェアという発想

例えば海外のワイン大国で考えると、そもそも機械にかかる費用が断然安くなります。これは機械の流通が多く手頃な値段で手に入るということもありますが、ワイナリーどうしでシェアしているこということもあります。また、機械の専門業者がいて例えば瓶詰め機を乗せたトラックが各ワイナリーを周る地域もあるので設備にかかる費用を抑えられます。

今の日本の法律では海外のような運用が難しいという側面はありますが、今後新しい発想で効率面な設備のシェアができればコスト面に寄与することが考えられます。

北海道・長沼町に醸造設備をシェアできるワイナリーが誕生しました。

日本ワインの魅力

日本ワインの良さは飲みながら自分たちの住む土地を想像できること。実際にその土地に行ったり、生産者・醸造家の話を聞いたりとただ飲むだけでなく、それ自体が「体験」となって記憶に残ります。まさにワインの醍醐味を感じることができるのではないでしょうか。そうした考え方が今のところ価格でなく価値で日本ワインを選んでいただけている理由になっていると思います。

だからこそ私たち醸造家は自分たちの思いや目指すイメージをワインに反映させられるよう、そして価格に見合ったクオリティを提供できるよう、技術を磨いていきたいと考えています。

特定の言葉やイメージを使って一過性のブームで終わらせるのではなく、ワインが文化として発展させていくためにはまずは品質ありきです。品質が担保できるようになればそれが需要に繋がってワイナリーが増え、行く行くは生産者どうしが助け合える効率的なシステムの構築が可能になると思います。そうすれば生産コストが抑えられ、生産者にとっても消費者にとっても良いサイクルができるのではないでしょうか。

「日本ワインは高い?」 まとめ

以上、原価を紐解いてみたことで「日本ワインは高い?」の答えが見えてきたのではないでしょうか。

同時に日本ワインを造るための下地を支える構造が未熟だというのがお分かりいただけたかと思います。まずは造り手側が努力をしなければならないのは当然です。ただ、飲み手としても特定のワードやブームに囚われず、自分で正しい知識を得ようとする意識も必要だと思います。ストーリーで飲むのではなく、まずは美味しさで判断してみてください。これは短期的な話でなく地道な意識の問題です。基本品質の上にワイナリーそれぞれのストーリーがありスタイルがあるという姿が理想です。

ワイン醸造家の仕事


醸造家は色んな考え方働き方があって良いと思います。ヴィニュロンとしてブドウ栽培から手掛ける造り手もいれば、醸造家としてワインを造るだけでなくマーケティングまで手掛ける人がいてもいいでしょう。いずれにせよ、美味しいワインを追求する信念は共通だということです。利益体質とは言えないワイン業界を牽引するのはそうした生産者の熱いパッションがあってこそだと考えています。

私は職人としてこの先も美味しいワイン造りを探求すると同時に、日本ワインが文化として正しい道を歩むために出来ることも考えながら他の生産者と切磋琢磨していきたいと思っています。

麿直之

WineGrower 麿直之(マロナオユキ)

2014年 外資系製薬会社のMRを辞めワイン醸造家としての道へ
北海道にあるワイナリーの立ち上げから携わり醸造責任者を務めながら冬の間は南半球で修行を積む。
世界最大のコンクール’DECANTER WORLD WINE AWARD2020’にて自身が醸造した赤ワインで金賞受賞。
2021年にはアメリカの権威あるプログラム’UC Davis Winemaking Certificate Program’を修了する。
2023年に醸造設備をシェアできるHokkaido SPACE Wineryを長沼町に立ち上げ、自身のブランド【MARO Wines】を手掛ける。

WineGrower 麿直之(マロナオユキ)

2014年 外資系製薬会社のMRを辞めワイン醸造家としての道へ
北海道にあるワイナリーの立ち上げから携わり醸造責任者を務めながら冬の間は南半球で修行を積む。
世界最大のコンクール’DECANTER WORLD WINE AWARD2020’にて自身が醸造した赤ワインで金賞受賞。
2021年にはアメリカの権威あるプログラム’UC Davis Winemaking Certificate Program’を修了する。
2023年に醸造設備をシェアできるHokkaido SPACE Wineryを長沼町に立ち上げ、自身のブランド【MARO Wines】を手掛ける。

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